統合失調症的日記

私が高校生の頃、情緒が不安定で家族や回りに多大な迷惑をかけてきた。
今も家族にたくさんの迷惑をかけているかもしれない。
でも、とりあえず、私は生きてきた。
苦しいなりにも生きてきた。
たくさんの方の支えによって!

統合失調症という病気は、以前、精神分裂病と呼ばれていました。
名称が変わり、統合失調症という名前になりました。

統合失調症は、こころや考えがまとまりづらくなってしまう病気です。そのため気分や行動、人間関係などに影響が出てきます。統合失調症には、健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状と、健康なときにあったものが失われる陰性症状があります。
陽性症状の典型は、幻覚と妄想です。幻覚の中でも、周りの人には聞こえない声が聞こえる幻聴が多くみられます。陰性症状は、意欲の低下、感情表現が少なくなるなどがあります。
周囲から見ると、独り言を言っている、実際はないのに悪口を言われたなどの被害を訴える、話がまとまらず支離滅裂になる、人と関わらず一人でいることが多いなどのサインとして表れます。
みんなのメンタルヘルスより

子供の頃は、オカルトや霊現象、テレパシーや石や場所や幾何学模様などからパワーが出ているなどのことが異様に興味がある人間ではありました。ただ、自分のまわりに起こっている現実を受け入れたくないという現実逃避から、そのようなものから何か見えない力をもらいたいという願望が強かった人間でもありますね。

喘息もひどく子供の頃は、ひどい発作を起こしては、病院で吸入や点滴をして過ごしたことも多かったです。父が転勤族で、数年に一度転勤をしていたため、子供の頃からの幼馴染という感覚は全くありません。
どこへ行っても友達ができにくく、行く先行く先、人間関係を築くことができず悩んでいました。家庭内でも、両親間のトラブルが続いており、私は、両親の間で仲裁をする状況が小学生の頃は続きました。

その時は、その状態が辛いというのは、分かりませんでした。
ただ、ひたすら私のせいで両親が不仲なのだと自分に言い聞かせていて、そうなったことへの罪悪感がとても大きかったです。
だから必死でしたね。
とにかく、母の監視と父からの圧力が小学生の私には大きかった。心の中の最大感心事でした。母への裏切りの気持ちと父からの恐怖心を感じながら小学生時代を過ごしました。

そのトラブルを外へ漏らさないよう父にきつく言われていたので、友達や先生などにも言えずにいました。
ましてや、ずっとそこで生活している人間ではなく、転勤でたまたま行ったところです。友達も作るのが下手な私だったので、そのストレスは半端ないものだったんだろうと今は思います。

そのトラブルの元は、母が幼いころから通っている世界規模の宗教団体(キ〇スト教関係)で知り合った人がきっかけでした。父は、反対の立場でしたが、私の祖父母もその団体の信者さんだっため、反対も露骨にはできなかったのでしょう。
でも、私は、それが原因ではなく、私がこのトラブルの元だと確信していました。

両親がトラブル中、目に見えない存在をたくさん見てきました。その頃が、オカルト系やいろんなパワー系のものに関心がかなり高くなっていた時だったので、よくある子供向けのそのような本をよく読み漁っていました。
それと、いろんな不思議な体験をしたことも拍車がかかっていました。

私は、母に感謝しなくてはなりません。
そして、今は行っていないそこの宗教団体の教えにも感謝しなくてはなりません。
なぜなら、私は、この世に生まれるかどうか分からない人間だったからです。

その記憶は、衝撃的なものでした。
両親が家庭内でゴタゴタしていたとき、その真っただ中、よく夢を見ました。
お坊さん(仏教系)が出てきて、私を雲のような乗り物に乗せるのです。
何か話されたのかもしれませんが、話は全く覚えていません。
ただ、毎回、筋斗雲のような雲に乗って現れて、それに乗るように指示します。
そして、毎回、まるで、地下何百メートルもいくような体験をするのです。

下に降りていき、薄暗くなんとも不気味な所、居心地のとても悪そうなところです。
ただ、私は意外に平気だったように記憶しています。
そして、そのお坊さんは、あるところまで行くと、その雲を止め、持っている杖で下を見るように促します。
ある時は、火の中に人が焼かれている様子、ある時は、真っ赤な池のような中で人がおぼれている様子、ある時は、真っ暗な独房のようなところにいる人の様子、しばらくの間、そのようなところに連れていかれたのを夢ながらに覚えています。
そして、最後だったと思うのですが、その時は、お坊さんはおらず、私がまだ生まれる前の状態だったのだと思いますが、両親が下でけんかをしている様子が出ていて、私は、母のおなかから出ている銀色の線で私の頭がつながれている夢でした。私は、両親の上で浮かんで、不安な気持ちを抱えながら上から両親を見下ろしている感覚です。
それは、私がこの世に生まれてこられるかどうかでもめているものでした。

そして、私が今世生まれてこられたのは、ほかならぬ以前お世話になり、また、トラブルの元にもなったそこの宗教団体の教えだったのです。
人工中絶は、確かに、しかたなくそのような状況にならざるを得ないこともあるでしょうが、それがダメな理由も貴重な体験をさせていただいた一人なのかもしれません。

そして、一連のそのような期間が過ぎたころから、今度は、違うタイプの感覚を味わいます。それは、寝ていない状況でいろんなものが見えるという状況です。